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たかつきスクールJazzコンテストに出演の鴨沂高等学校を応援に行ってきた

たかつきスクールJazzコンテストに出演の鴨沂高等学校を応援に行ってきました。


グルーヴする吹奏楽。評判も上々!

「吹奏楽部のポップス演奏は、リズムが稚拙」という審査員の先生方の度肝を抜いたようで、初参加にして高い評価を得たようです。「富田ジャズストリート賞」を受賞しました。


参加校のレベルの高さにびっくり。「普段の力は出せた演奏だったですが、他の学校が凄すぎてビックリ。まだまだだなと身に沁みました。」との鴨沂高等学校の面々の感想も聞きます。そんな中で大健闘だったと思います。おめでとうございます!


しかしながら、僕が印象に残ったのは、審査員の先生方の演奏後のコメント。大変心配りが効いていて、一歩踏み入ってレベルの高い思慮深いコメントの数々だった。これは、参加する生徒さんたちの意識の高さもあるからだと思います。


高校ビッグバンドが大阪でこんなに盛んだと知らなかったし、クラシック、マーチング中心の吹奏楽と共に、高校生のためのジャズ教育は、大変大事になってくると思う。音楽に対する濃い思い、というのを若い時から経験してもらいたい。やっぱり楽器の演奏が音楽や文化のレベルアップにつながると思います。

コロナ直前の2019年、現在、鴨沂高等学校吹奏楽部の顧問で同志社大学サードハードオーケストラで演奏を共にした堀打 淳先生からの要請で、吹奏楽部のポップス演奏を指導したことから始まった。堀打 淳先生が熱帯ジャズ楽団のファンであることから始まって、そういうレパートリーを指導させていただいた。


その時、思いついたことがあって、その年、生徒の作曲による『インコグニータ』というレパートリーを2020年の春、定期演奏会で披露した。生徒が出し合ったメロディーを吹奏楽曲としてまとめ、演奏するという画期的な試みだった。


堀打先生も僕も、「吹奏楽部の演奏するポップス系は、ダサい」とジャズ研とか軽音楽部からの定説があり、それをぶち破りたい、という気持ちがあった。実際、吹奏楽曲のポップスアレンジのリズムアレンジは、まだまだ行き届いていない。


コロナで活動は制限される中、少しの時間をおいて、今年、京都市内でセッション大会を主宰するやはり同志社大学サードハードオーケストラで演奏を共にした同級生、圓城敏之氏を巻き込んでアドリブ講習を再開した。この数年、僕も多くを経験して、2022年は、吹奏楽曲の作曲を手がけるようになって、3曲を書いた。これは僕にとって大きなチャレンジになった。 Youtubeは岡本によるデモ音源。ソロパートは、本番では管楽器に変わります。





僕たちは、一つ、高校までで、吹奏楽の楽器キャリアの終わることに対する残念な気持ちがあります。

これは集団で日常的に活動できる時間がそこで終わるからだと考えた。高校時代に、自分たちで、一人からでも音楽を続ける力を付けておく必要がある。その中に、創作力を鍛えて、ジャンルに関わらず活動できる素養を養い必要がある、と考えています。

「アドリブのある吹奏楽」と言うコンセプトが浮かんだのも、そういうことからです。


また、一方で、京都が音楽を世界に発信する力が低下している気がします。京都は、古くからの文化の中心で、70年代は、フォークの聖地。その後、日本のブルースのメッカであり、ジャズの聖地でもあった。でも、その後は、京都から世界への文化を発信できたか?という思いがあります。


デジタルの世の中が進み、ネットで様々な情報が得られる時代になったけど、文化は、やはり「人から人へ」伝わっていくものだと、僕は思います。京都の良さは、建物と観光地だけではない。そこに住んでいる人の意識の高さから出てくるもので、それが文化だと僕は思います。京都のブルースは、カリスマギタリストの塩次しんじさんが亡くなり下火になった。京都のジャズは、名物ピアニストの市川修さんが亡くなって勢いを失った。


各都道府県に数人の善意ある人たちで、日本のローカルな文化が支えられている事を実感してきた中で、コミュニティーが文化を引き継ぎ、発展させていくことが、今、これから以上に大切になってくると僕は思っています。


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昔の僕らがいた頃の同志社サードハードは、どうしても、早稲田、慶応にコンテストで勝てなかった。その頃「どうせ技術で勝てないなら、好きなことをやろう。一矢報いてやろう」というのが、当時の僕らの考えかただった。だから、マイルスの曲とか、ウエザーリポートとか、ギルエバンスとか、ブレッカーブラザースとか、およそビッグバンドでビッグバンドで出来そうにない事をやった。その精神は今の現役も持っているようです。


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鴨沂高等学校の吹奏楽部の指導は、堀打先生との中で「学生の頃、チューバがいれば、ホルンがいたら、と考えたツールが吹奏楽には、もう全てある。ならば、サードハードよりカッコイイ吹奏楽は、もう出来るはずではないか?」という発想が根本にあります。


中学高校時代の体験は、一生残る。そして、一生の趣味趣向を決めると思います。10代の人たちに幅広い豊かな体験を提供したい、と僕たちは、考えています。


今後の鴨沂高等学校の活躍にご期待ください!

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